1000形5次車

5次車
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1968年都営地下鉄1号線(浅草線)との乗り入れ直前に増備された6編成。ここでは1207以降
の車輌を便宜上5次車と呼ぶことにした。

固定連結面の後退角が80mmに減少。より切妻に近づいた。

連結器は新造時よりNCB-Ⅱ形密着自連を装備していた。

当初より換気装置がサイクルファンに屋根にはFRPの幅狭通風器になった。

先頭部の雨樋が乗務員室直上まで延長。前照灯付近は前照灯を避ける形で「コの字」形に処
理された。この形態は1970年代前半に改造・更新された車輌に波及した。下図参照。
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1977年~1982年にかけ冷房改造が実施された。
冷房装置は8500Kcal/h東芝RPU-2209を4基搭載。
KHKマークがある側のみに側面行き先表示器が設置された。
先頭部の雨樋が前照灯を避けずに乗り越える形状になった。
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M1c  M2 M1  M2  M1 M2c 製造年  製造所 冷改 廃車

1207-1208-1209-1210-1211-1212 1968 東急・東洋 1977 2000

1213-1214-1215-1216-1217-1218 1968 東急・東洋 1978 2002・03

1219-1220-1221-1222-1223-1224 1968 東急・東洋 1977 2003・05

1225-1226-1227-1228-1229-1230 1968 川車・三菱 1981 2002

1231-1232-1233-1234-1235-1236 1968 川車・三菱 1979 2002

1237-1238-1239-1240-1241-1242 1968 川車・三菱 1982 2002


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登場時の1225側面は種別表示のみだった。

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冷改後の1237山側。海側に行き先・種別表示が付く。

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1217海側
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1000形4次車

4次車
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1964年~1966年にかけ72輌製造されたグループ。

当初より前面行き先・種別表示幕が前面窓から独立した形態で製造された。これにより現在
の1000形のイメージが確立された。これまで丸妻・丸屋根であった固定連結面が3面折妻に変
更されている。側面種別表示器を中央扉の戸当り側に設置した。ファンデリアにより上屋根は
存続していた。

1145・1146は空気バネ編成の1017~に組み込むためTS-811形空気バネ台車に換装された。

1976年~1982年全車の車体更新、冷房改造が実施された。

冷房装置は8500Kcal/h東芝RPU-2209を4基搭載。

換気装置はサイクルファンに揃え、上屋根に代わり通風器をクーラーキセの間に設けた。

KHKマークがある側のみに側面行き先表示器が設置された。

先頭部の雨樋が前照灯を避けずに乗り越える形状になった。

台車振り替え

TS-811台車だった1145・1146が本来の1143編成に復帰した際、以下の車輌がTS-811に換
装された。
1143~1148・1155~1160・1173-1174-1139-1140-1177-1178

これにより捻出されたTS-310台車は試作空気バネ台車、東洋電機OK-18の淘汰に使用。
台車と電装品の統一が図られた。この改造は1977年~1978年に行われた。

TS-310の振り替え先は以下の車輌。

1017~1020、1029-1030、1041-1042、1059、1071-1072、1077-1078、1097-1098、1115

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TS-811に換装された1173

M1c  M2 M1  M2  M1 M2c 製造年  製造所  冷改  廃車

1131-1132-1133-1134-1135-1136 1964 川車・三菱 1979   1995

1137-1138-       -1141-1142 1964 川車・三菱 1978   1994

       -1175-1176-        1965 川車・三菱 1978   1995

1143-1144-1145-1146-1147-1148 1964 東急・東洋 1976・77 2000

1149-1150-1151-1152-1153-1154 1965 東急・東洋 1976・77 2000・03

1155-1156-1157-1158-1159-1160 1965 東急・東洋 1978   1998

1161-1162-1163-1164-1165-1166 1965 川車・三菱 1980   1995

1167-1168-1169-1170-1171-1172 1965 川車・三菱 1980   1995・96

1173-1174-       -1177-1178 1965 東急・東洋 1978   1998・02

       -1139-1140-        1964 東急・東洋 1978   2000

1179-1180-1181-1182-1183-1184 1966 東急・東洋 1976   1999・03・05

1185-1186-1187-1188-1189-1190 1965 川車・三菱 1982   2000

1191-1192-1193-1194-1195-1196 1966 川車・三菱 1980   1996

1201-(新造時1079・1080)  -1206 1964 東急・東洋 1977   1999

   -1202-1203-1204-1205-    1965 東急・東洋 1977   1999

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1190

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1189海側

名鉄パノラマカーその1

暑さがぶり返しまだまだ金属キットを組む気候ではありません。
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ホビダスの名鉄7000系パノラマカーを造ります。箱が大きいです。

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あれこれ買い集めるのが面倒だったので全部揃っているものを購入。音も鳴るらしい。

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とりあえずドアと前面を取り付けました。

アクラス183系

アクラスの183系電車サロ183系1000からサロ113-1300を造ろうとサロだけ購入するも
金属の車体から造ることに方針変更のため余剰サロを無駄にしないため183系編成化。
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購入時は回送これをあずさ号に

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パンタグラフは塗装しました。

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座席の向きの関係で行き先はあずさ松本行き
号車札、自由席や指定席ステッカーも貼付。


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インレタ貼ってインレタに糊付け代わりのクリアー塗って完成。

1000形3次車

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1961年から登場した3次車。京急初の前面貫通扉付き車輌として登場。地下鉄乗り入れ車
輌としての形態が整った。前面の種別、行き先表示窓は独立していなかったため、現在の
1000形とは印象が異なる。

 4輌固定編成は2次車と同じ編成中央から前後対象型であった。今回から登場した2・6輌編
成は、浦賀からM1-M2の順送りとなり、2輌単位での編成増減ができるようになり、以降の
1000形の標準となった。

1974年~1976年にかけて車体更新が行われ、現在の1000形の顔に改造されると共に、両側
面に種別・行き先表示器が追加され、先頭車雨樋が「コの字」形に改造された。この更新では
冷房化は見送られ、換気装置をラインデリアに変更した。

1983年より車体最更新・冷房化が行われた。

M2cu M1u M1s M2cs 製造年 製造所   更新 冷改 廃車

1049-1050-1051-1052  1961 東急・東洋 1974 ---- 1986

1053-1054-1055-1056  1961 東急・東洋 1975 1986 1993

1057-1058-   -1060  1961 東急・東洋 1974 1985 1992

       -1059-     1961 川車・東洋 1974 1985 1992

1061-1062-1063-1064  1961 川車・三菱 1974 1986 1992

1065-1066-1067-1068  1961 川車・三菱 1976 1986 1992

M1c M2c 製造年 製造所  更新 冷改 廃車

1069-1070 1961 川車・三菱 1974 1986 1995

1071-1072 1961 川車・東洋 1975 1985 2005

1073-1074 1961 東急・東洋 1974 1985 1996

1075-1076 1961 東急・東洋 1976 1985 1996

1077-1078 1961 川車・東洋 1974 1986 1996

M1c  M2 M1  M2  M1 M2c 製造年  製造所  更新   冷改  廃車

1101-1102-1103-1104-1105-1106 1962 川車・三菱 1975   1984  1995

1107-1108-1109-1110-1111-1112 1962 川車・三菱 1974・76 1984  1990・91

1113-1114-               1962 川車・三菱 1975   1985  1991

       -1115-            1962 川車・東洋 1975   1985  1991

          -1116-1117-1118  1962 東急・東洋 1975   1985  1995

1119-1120-1121-1122-1123-1124 1962 東急・東洋 1974・75 1983・84 1995

1125-1126-1127-1128-1129-1130 1962 東急・東洋 1975・76 1985  1995・96

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川車製1103、更新で海側に移設された抵抗器。種別・行き先が海・山両側に付いている。

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1071+1072山側。このグループは縦樋が出ていた。

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冷改後1101~1106の6連


1000形2次車

2次車
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1017F扉貫通時代

昭和34年/1959年から本格的に地下鉄での運転を考慮した1000形の量産第一陣。正面二枚
窓、4輌固定編成とした設計で、京急でM1-M2ユニットを背中合わせにした前後対称の編成
となる。中間車にはユニット単位で入れ替えができるように簡易運転台が設けられた。

1017~1020の編成は試験的に空気バネ台車となり東急TS-313、川車OK-22。この編成のみ
CPは容量の大きいA-3を装備。後に4次車以降と同じAR-2に換装されている。

昭和44年~昭和47年にかけ東急車輌と久里浜工場で貫通化工事が施工された。また各所の
の不燃化、ファンデリアからサイクルファンへ換気装置の変更、上屋根の撤去とFRP製通風
器が設置された。

昭和54年~昭和59年の間に全車冷改が行われた。

昭和63年~平成3年にかけ廃車された。解体されなかったものは12輌が琴電に、京急車輌工
業に譲渡され、京成にリースされた8輌(内4輌が千葉急行へ)北総へはこのグループから4輌
が譲渡された。

4輌が貨車へと更新されている。

M2cu M1u M1s M2cs 製造年 製造所  貫通化 冷改 廃車

1001-1002-1003-1004  1959 川車・三菱  1970  1979 1989

1005-1006-1007-1008  1959 川車・三菱  1972  1984 1990

1009‐1010-1011-1012  1959 東急・東洋  1970  1979 1988

1013-1014-1015-1016  1959 東急・東洋  1971  1983 1990

1017-1018-         1960 東急・東洋  1971  1979 1989

       -1019-1020  1960 川車・東洋  1971  1979 1989

1021-1022-1023-1024  1960 東急・東洋  1971  1983 1989

1025-1026-1027-1028  1960 東急・東洋  1969  1983 1989

1029-1030-         1960 川車・東洋  1972  1982 1988

       -1031-1032  1960 川車・三菱  1972  1982 1988

1033-1034-1035-1036  1960 川車・三菱  1972  1983 1989

1037-1038-1039-1040  1960 川車・三菱  1970  1982 1988

1041-1042-         1960 川車・東洋  1971  1982 1991

       -1043-1044  1960 東急・東洋  1971  1982 1991

1045-1046-1047-1048  1960 東急・東洋  1972  1983 1990

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非貫通時代1018海側


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貫通化非冷房1045山側

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貫通化非冷房1047山側

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貫通化非冷房1048

1000形1次車

デハ1000形
img083 (2)

都営浅草線相互直通車輌として、昭和34年/1959年から昭和53年/1978年まで352輌が製造さ
れ、昭和40年に1000形試作車の旧800形4輌を編入し総数356輌を数えるに至った。今日の京
急を語る上で欠くことのできない名車である。3扉ロングシートの汎用車で、快特から普通まで
幅広い運用をこなした。昭和43年度製までは東洋と三菱の競作、昭和46年度からは共通設
計、台車は競作時代は川車製がOK-18系、東急製がTS-310系。共通設計車がTH-1000T。

正面2枚窓の非貫通から貫通扉付き正面変更された以外、外観が大幅に変わることは無かっ
た。長期にわたって製造されたため、製造年次による非貫通車の貫通路新設改造や更新、冷
房改造など多種多様の工事が施工された。

デハ1000形は外観上大きく分けると2タイプに分類できる。旧800形の4輌を含む昭和43年ま
でに製造された220輌と昭和46年~昭和53年までに製造された新製冷房車136輌に分けられ
る。ここでは1000形試作の旧800形から1次車、新製冷房車の136輌をまとめて6次車として話
を進めたいと思う。

1次車
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登場当時800形を名乗った都心乗入試作車グループ。前面は流線型の非貫通2枚窓。前照灯
は大形セミシールドビーム。標識灯はアンチクライマー直上の低い位置に取り付けパンタグラ
フはM1c車浦賀よりの前パン。車体幅は量産車より80mm狭い。

昭和40年10月車番体系の整理のため1095~1098に改番。

昭和41年3月主電動機を1000形と同じTDK-815に換装。前照灯をシールドビーム化、NCB連
結器に交換、連結器交換に際し電気連結器解放栓受けを設置する必要から標識灯は白帯の
直ぐ下まで上げられ、方向板掛けと運行番号差しも移設。依然前パンタのまま。

昭和42年9月正面方向幕と側面種別表示器を設置。

昭和48年貫通化工事を施工。都営乗入対応車となり、列車無線、保安ブレーキを取り付け。
換気装置がサイクルファン及び排気扇になる。アンテナ取り付けによりパンタグラフが連結面
寄りに移設された。

昭和63年1月に廃車。4輌とも貨車に部品を提供している。

M1c M2c  製造年月

(801)-(851)

1095-1096  1958年6月

(802)-(852)

1097-1098  1958年6月 川車・東洋製

800形

デハ800形
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昭和53年~昭和61年にかけ省エネルギー、普通列車性能向上、京急初の直並列分巻界磁チ
ョッパ制御車として132輌が製造された。

先頭車18.5m中間車17.36m。801~825編成までは3輌固定編成で製造された。801~812編
成は側窓は乗務室直後を除き固定窓で4機のサイクルファンと2基の強制排気扇を設けてい
る。813編成以降は戸袋窓以外は下降式窓としてサイクルファン6基に変更された。後に811編
成以降は中間車を増備して6輌固定編成となった。最終増備の826・827編成は最初から6輌
固定編成で新造された。811~827編成は4号車(-4の車)の浦賀方に貫通扉が設けられてい
る。

昭和57年2000形の登場で窓周りの白い太い帯の塗装は在来車と同様に窓下150mmの白帯
に変更された

昭和62年から平成3年にかけてNCB-ⅡからCSD-90自動連結解放装置付き密着連結器に
交換されたが、通常分割併合をしない6連のため電気連結器は設けられていない。

平成6年から更新工事が施工され平成14年までに全車が完了している。

また3輌固定編成で残っていた10本は2編成組み合わせ、中間に取り込まれた先頭車の中間
改造が行われ、6輌編成5本にまとめられた。800形は6輌編成22本になった。

この改造は従来の運転妻の骨組みは残っている形で行われ、妻部のアンチクライマーも幌枠
の干渉する部分以外は残されている。座席は2人掛けから3人掛けになり乗務員室扉が有った
ところには小窓が付いた。

平成15年から連結妻に転落防止幌の設置工事が進めれれた。1500形とは違い妻窓は埋めら
れなかった。

平成16年定期検査出場車から妻面の白帯は省略されている。

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803-1登場時前照灯は丸灯だった。

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平成15年から設置が進めれた転落防止幌。

img074.jpg
中間改造車乗務員扉があったところにに小窓が付いた。

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中間車改造された810-1

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811-3、1986年に811-2、811-4と共に増備された中間車

タキ35000


タキ35000を入手しました。安善に大量に停まってるのを見たのは10年くらい前の話です。

700形・770形

700形・770形
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デハ700形・サハ770形
 昭和42年~昭和46年にかけ4輌編成21本84両が自社線内普通列車の輸送力及び性能向上
のため、京急初の4扉ロングシート車として製造された。
1000形の全電動車編成から製造コストの見直しが図られ、付随車を組み込み経済性と保守の
低減を強く押し出した。
 700形の車体は客室部分の面積を先頭車と中間車で同一としたため、先頭車が18.5m、中
間車が17.5mとなり、先頭車を1m長くすることにより粘着牽引力の増加を狙った。設計当初の
計画では2M1Tの3輌編成で1000形を上回る性能を確保するために、電動機出力は150kwの
物が使われた。正面には貫通扉が設けられたが都営線へ乗り入れできない。
 サハ770形は従来の奇数車と偶数車では引き戸・表示類が車体を反転させた形を取るが同
一方向となった。
 台車は今までの製造メーカー毎の異なる台車はやめて、川崎車輌・東急車輌の共通設計と
なっている。駆動方式が異なっており川車製TH-700K(WN継ぎ手)、東急製TH-700K(中空軸
平行カルダン)と区別するが外観上は変わらない。

昭和45年誘導無線アンテナの設置が1次車について行われた。なお2次車は新造時から取り
付けられていた。

昭和50年から一部の編成について偶数号車のサハを抜いた3両編成化が行われ、昼間の普
通や2本組んだ6連でラッシュ時などに使用された。外されたサハは1000形に組み込まれたが
加速性能が著しく低下することや、地下鉄に乗り入が出来ないことから一部を残して編成から
外されて久里浜工場に留置された。800形の登場により昭和55年までに本来の4両編成に戻さ
れた。

昭和55年から通勤快特で増結される700形と冷房車の基本編成1000形との差をなくすため713
編成から冷房化が始まり昭和57年までに通勤快特で使用される6編成24輌がとりあえず改造
された。この時改造された713・715・717・719・721編成と昭和59年に改造された729編成は方
向幕が白幕のままだった。この改造では、屋根上に三菱製CU126を3基搭載、冷房電源をはじ
め補助電源装置をTs車の床下に設置、従来Ts車にあったCPはTu車に移設して既存の物と併
せて2基となった。妻窓については下段固定となったため保護棒は撤去された。

昭和60年に改造された707編成は1次車初の冷房化で一部使用が変更され、正面・側面の種
別・方向幕が黒幕になり、運転台が普通の高さになり、正面窓も大形化された。電子ホーンと
密着連結器化の準備工事も施工された。昭和63年700形の冷房化が完了し京急旅客車輌の
は冷房化100%を達成した。
平成元年先頭車輌運転妻のNCB-Ⅱ形連結器からCDS-90形連結器へ交換が行われた。
1000形では連結制御装置と中間連結器の収納箱を運転妻海側に設置したが700形では中間
連結器収納箱をMuc車では海側第二台車よりMsc車では海側第一台車よりに取り付けられ
た。

1次車
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昭和42年6月700形1次車20輌が川崎車輌・東急車輌で新造された。
当初3両を単位とした編成でなく4両編成としで新造された。これは6両化のためのホーム延
伸が進まなかったため。
京急初の高運転台で登場。この姿の活躍は更新・冷改前まで見られることになた。当初の設
計では3両編成であったが実際は4両編成で使用されることになったため、不足するCP容量
を確保するためにTu、Ts車それぞれに一基ずつ搭載されていた。

冷改・更新後について
昭和60年~昭和62年にかけ冷房改造が施工された。
全ての編成が方向幕黒幕・品川方ジャンパ栓跡が3個
※706については平成10年8月の大師線産業道路駅付近で踏切事故復に遭い、事故復旧の際品川方ジ
ャンパ栓跡は無くなった。

Mcu Tu Ts Msc 新造年月日  冷房改造

701-771-772-702 昭和42年6月 昭和62年3月

703-773-774-704 昭和42年6月 昭和62年6月

705-775-776-706 昭和42年6月 昭和62年8月

707-777-778-708 昭和42年6月 昭和60年10月

709-779-780-710 昭和42年6月 昭和61年7月  赤字は川崎車輌製

2次車
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昭和44年~昭和45年にかけ4輌編成14本56輌が新造された。

一次車との大きな違いは高運転台から1000形の前面ガラスを採用した通常の高さの運転台
になった。側窓についても1000形のように車体鋼体の窓隅にRが付くようになったがサッシそ
のものは角型のときと変わらない物を採用している。このスタイルの車輌が大量に発注された
ため1次車は少数派になってしまった。

昭和44年に入線したのは711・713・715・717・719編成の20輌
昭和45年2・3月には721・723・725・727・729編成の20輌
昭和45年6月には731・733・735・737編成の16輌が入線した。

またサハは当初の3輌固定の編成による設定から771~の付番が799まで達したため、番号順
なら800になるはずの車輌を770として、次の新造車からはさらに760番台へと若返ることになっ
た。

冷改・密着連結器化後について
昭和55年から昭和57年の7本の冷改車については方向幕は白幕、品川方ジャンパ栓跡が4個
になる。その他の編成1・2・3次車含め方向幕黒幕、ジャンパ栓跡3個(うち706は平成10年8月
大師線の踏切事故後ジャンパ栓跡無し)。

Mcu Tu Ts Mcs  製造年月

711-781-782-712 昭和44年6月 冷改後も白幕

713-783-784-714 昭和44年6月 冷改後も白幕

715-785-786-716 昭和44年6月 冷改後も白幕

717-787-788-718 昭和44年6月 冷改後も白幕

719-789-790-720 昭和44年6月 冷改後も白幕

721-791-792-722 昭和45年3月 冷改後も白幕

723-793-794-724 昭和45年3月

725-795-796-726 昭和45年3月

727-797-798-728 昭和45年2月

729-799-770-730 昭和45年2月 冷改後も白幕

731-761-762-732 昭和45年6月

733-763-764-734 昭和45年6月

735-765-766-736 昭和45年6月

737-767-768-738 昭和45年6月 赤字は川崎車輌・川崎重工製

img063.jpg
サハ793山側CPが冷房化改造時に移設され既存の物とあわせ2基搭載になった。

img064.jpg
サハ794山側

3次車
img066.jpg
昭和46年に登場した最終増備車。側扉に1000形と同じ物を採用したため、側面の印象が若干
変わっていた。


同時期に発注された1000形新製冷房車発注区分の関係で主制御器は三菱製であるが主電
動機・駆動装置は東洋製であった。705~のように一編成の中で三菱・東洋の編成はあったが
一両の中で混成となったのはこれがはじめてである。

Mcu Tu Ts Mcs  製造年月

739-769-760-740 昭和46年6月

741-751-752-742 昭和46年6月 2本とも川崎重工製

デハ600形

デハ600形
img039.jpg
昭和31年京急初のカルダン駆動電気制動を備えたクロスシート車として700形が登場した。


使用電気製品から東洋製はデハ700形・750形、三菱製はデハ730形・780形と分けられてい
た。台車は東急車輌製TS-303(4次車以降TS-310)。川崎車輌製はOK-18である。

img043.jpg
昭和40年NCB-6自動密着連結器交換改造工事・4両固定編成化改造工事も計画されたため2
両編成を2本組み合わせの仮の4両編成ができた。連結器設置高さの変更からアンチクライマ
ーの一部が切り取られた。このうち786(632)は昭和39年10月10日の横浜駅追突事故車でア
ンチクライマーが他車とは異なっていた。NCB-6連結器には電気連結機能が無いため新たに
ジャンパ栓を設け品川方にジャンパ栓受けが新設された。
昭和41年4月19日に昭和40年12月の吊り掛け駆動形式の番号が整理され旧600形が400番台
になり、700形は空番となっていた600番台に改番され600形になった。改番は4両貫通固定化
を前提に行われ601~640の連続番号となった。東洋・東急製601~620、三菱・川車製621~
640の順で付番されている。
昭和41年~昭和43年にかけ4両貫通固定化工事が施工された。実際は6両固定編成3本、4両
固定編成4本、2両固定編成3本となっていた。あわせて前照灯のシールドビーム改造、方向幕
の設置が行われた。貫通化改造を受けた連結面は運転設備の撤去、側面小窓、妻面窓を新
設した。雨樋は既存連結面も含めて縦樋が露出形状になり妻面に設置された。

img044.jpg
600形未更新前パンタ時代

昭和46年~昭和47年冷房化・更新工事が施工された。


1000形・700形で採用されていたFRP製幅狭通風器を設けた。パンタグラフはM1系車北寄り連
結妻面に移設、先頭車に誘導無線アンテナが設置された。


冷房形式は試作要素もありパンタグラフを有するM1系車は屋根上集中式、M2系車には床下
集中式と屋根上分散式の3種類が採用された。床下集中冷房車は一見すると屋根上がFRPの
通風器だけのため非冷房車に見える。側面車番表記がダクトの関係で若干北側(品川)にず
れている。冷房効率が他の2方式にくらべ低いのと風の吹き出し口位置が悪かったなどあまり
評判が良くなかったため4両のみで他車には波及しなかった。

img045.jpg
更新・冷改後637

600形更新冷房化編成表


M1c M2 M1 M2  M1 M2c
637-638-631-630-639-640 昭和46年6月30日

613-614-615-618-619-620 昭和46年12月24日

621-622-611-610-623-624 昭和47年4月24日


M1c M2 M1 M2c
601-602-603-604 昭和46年9月14日 

625-626-627-628 昭和46年11月4日

605-606-607-608 昭和47年3月4日

633-634-635-636 昭和47年6月1日

M1c M2c

609-612 昭和47年7月1日

629-632 昭和46年7月26日

617-616 昭和47年6月15日


昭和52年8月に編成替えが実施された。

613-614-615-618-619-620            637-638-631-630-639-640

621-622-611-610-623-624            629-632


        ↓                           ↓


613-614-615-618-611-610-619-620      637-638-639-640

621-622-623-624                   629-630-631-632


昭和53年7月に編成替えが実施された。


613-614-615-618-611-610-619-630

609-612

617-616
        ↓

609-610-611-612

613-614-615-616

617-618-619-620

昭和55年から前面ガラスに遮光フィルムが貼り付けられた。

昭和57年2000形が竣功しいよいよ置換え時期が迫る。

昭和59年2000形8両2本の竣功と入れ替わりに同数の4両固定4本16両が廃車となった。601~
604・605~608・629~632・637~640の編成だった。601号は逗子第一運動公園に展示され、
605-608号の2両は前面貫通化室内ロングシート化などの工事を受け1070形として高松琴平
電鉄に向かった。

img048.jpg
601号は逗子第一運動公園に展示

img049.jpg
高松琴平電鉄で活躍する1070形

img050.jpg
TS-303(TS-310)台車

img051.jpg
OK-18台車

img052.jpg
貫通固定化j時の改造で運転台撤去跡には小窓が付いた。
また雨樋が外に露出する形で取り付けられた。

img053.jpg
画像上の619東洋・東急製の抵抗器は手前にある。

img054.jpg
画像下の629三菱・川車製の抵抗器は奥の方にある。

img056.jpg
パンタ付きM1系車は屋根上集中式冷房機だった。


img057.jpg
パンタなしM2系車の屋根上分散式冷房機。

img058.jpg
パンタなしM2系車の冷房機床下集中式のもの。床下からのダクトの関係で側面車番表記が微妙に品川方にずれている。

500形550形

img027.jpg
左から509、503、505、507、501

img029.jpg
国鉄80系の影響を受けた正面2枚窓の湘南形で中桟付きの大窓にしたため独特のスタイル
で登場した。
501~506 川崎車輌      昭和26年製
507~510 東急横浜製作所 昭和26年製

車体は半鋼製、2両固定編成で、京急では初めて連結面を貫通化して貫通ホロを取り付けた。
またはじめて速度計・暖房器をつけた。出力110kw。

登場時はMcMcの強力編成だったが翌年クハ550形が誕生。McTc編成になった。

img030.jpg


img031.jpg
クロスシート時代の503           

img032.jpg
4扉ロングシート改造後502、508

サハ550形
img034.jpg
登場時のクハ


img036.jpgimg035.jpg
元はデハ500形が登場した翌年昭和27年4月に登場した制御車。
551~557が川崎車輌製。558~560は東急横浜製作所製。Tcであったがパンタ台があった。

昭和39年の改造の際、撤去した乗務員室扉の所には小窓が設けられシートが延長された。
556は台車をMCB-RからOK-8Aと取り替えた。

img038.jpgimg037.jpg
画像はサハ551とサハ552更新後の姿いずれも山側。

470形・490形

img022.jpg

デハ470形

 旧600形でMcTTMcに改造されたグループのMc車。
分類上470形と呼ばれていた。外観上はデハ440形と同じであり、改造も440形と同時に施工さ
れている。改造の際472と492の台車を相互に交換した。
編成は東急製をMc、川車製をTとしている。モーター出力150kw。

昭和47年~昭和48年にかけ更新改造をうけ、雨樋位置の上昇、戸袋窓がHゴム支持になっ
た。またこのグループは一段下降窓、自動行き先表示幕、自動受給電源装置等の新機軸が
試用され今後の京急車両に反映された。

昭和55年Tu車が編成解除廃車。

昭和58年に全車廃車された。

Mc  Tu Ts  Mc
471-491-492-472
473-493-494-474

img023.jpg
未更新前パンタ473

img024.jpg
更新後471




サハ490形
旧600形のうちデハ470形の中間に改造されたグループ。
車体外観はデハ440形M車と同じである。中間車改造時運転台撤去跡には小窓が付いた。


img025.jpg
未更新493

img026.jpg
更新後491

460形

img018.jpg
デハ460形

 この車両のデハは※2、612~616(Mc)662~666(Tc)のグループ。
全金属車両として登場。分類上460形と呼ばれている。中間にT車を組む関係上モーター出力
は150kwになっている。

昭和42年方向幕・ATS設置

昭和45年車体更新・屋根張替え・モニタFRP化(幅狭通風器)・室内不燃化・ステンレスドア化・
側面表示幕取り付け・パンタ連結面側へ移設・台車をOK-8系→TS806へ。

昭和55年Tu車が編成解除され休車の後廃車。460形グループは3輌編成になった。

昭和58年~昭和61年に廃車。

Mc  Tu Ts Mc
461-481-482-462
463-483-484-464
465-485-486-466
467-487-488-468
469-489-490-470
img019.jpg
未更新463

img020.jpg
更新後470

サハ480形
img021.jpg
昭和22年に三井造船で製造された唯一の電車(初代)デハ400(01~10)の台車を流用し、昭
和40年車内、外観ともに1000形並みの全金製の車体を新製してできたのがこのサハ480形。
このため車体の新しさに対して足回りが古い。

昭和45年のMc車の車体更新と並行して側面種別表示幕が新設された。
偶数車は台車をOK-8Cに取り替えた。

昭和55年Tu(奇数車)が編成解除され休車の後廃車。

440形

img9008.jpg
更新後437、更新後441,未更新前パンタ445
デハ440形

 昭和28年・30年製の※1デハ600形・クハ650形が元の車両。昭和40年の改造によって
McMMMcになったグループ。
分類上デハ440形とよばれ、パンタはMcにあり中間車にはない。M車は運転台を撤去して幅広
貫通路を新設したもので、撤去部には小窓が設けられシートが拡大された。編成はメーカー別
に通し番号になっている。モーターは110kw。

昭和43年ヘッドライトのシールドビーム化前面表示幕を取り付けた。

昭和48年~昭和49年車体更新をうけ、雨樋位置の上昇、戸袋窓がHゴム支持となるなどスタ
イルが一新した。

昭和56年~昭和57年に全車廃車解体された。
Mc  Mc
437-438       (東急) 台車 TSK

Mc  M  M  Mc
441-442-443-444 (東急) 台車 TSK
445-446-447-448 (川車) 台車 OK-8
449-450-451-452 (川車) 台車 OK-8


img009.jpg
更新後441海側

img010.jpg
中間車改造された442乗務員室が有ったところには小窓がついた。

img011.jpg
前パン未更新445海側

img012.jpg
未更新446海側

img014.jpgimg013.jpg
437+438


img016.jpgimg017.jpg


旧600形、デハ600形・クハ650形について

※1、601~611(Mc) 651~661(Tc)
昭和28年・30年製半鋼製車ノーシルノーヘッダMcTcユニットの3扉車。
601~603・651~653 昭和28年 川崎車輌製
604 605・654  655 昭和28年 東急横浜製作所製
606~608・656~658 昭和30年 東急車輌製
609~611・659~661 昭和30年 川崎車輌製
電動機出力は110kw台車は東急製はウイングバネ式TSK、TSK-Aマクラバネはオイルダンパ
を使用。川車製は軸バリ式OK-8、OK-8A~C。マクラバネはOK-8Bがコイルバネ。ほかはオイ
ルダンパ。

昭和40年の改造によりMcMMMc、McTTMc、McMcのグループが出来た。
また同年12月14日の改番によりデハが437・438、441~452、471~474、サハが491~494とな
った。

旧600形からの改番改造を示すと以下のようになる。
601Mc→492T、602Mc→494T、603Mc→451M、604Mc→471Mc、605Mc473Mc、606Mc→
443M、607Mc→437Mc、
608Mc→441Mc、609Mc→445Mc、610Mc→449Mc、611Mc→447M、

651Tc→491T、652Tc→493T、653Tc→450M、654Tc→472Mc、655Tc→474Mc、656Tc→
442M、657Tc→438Mc、
658Tc→444Mc、659Tc→448Mc、660Tc→452Mc、661Tc→446M

※2、612~616(Mc)662~666(Tc)
デハ612  613 ・ クハ662  663昭和32年東急車輌製
デハ614~616 ・ クハ664~666昭和33年東急車輌製
車体は東急、台車は川車OK-8シリーズ。
車体は旧700形を3扉化したタイプだがカルダン駆動にはならなかった。
木造車クハ120形の鋼体化名義。モーターはTc化されたデハ420形から流用した。
モニタベンチレター・アクリル製カバー付きの連続蛍光灯・ファンデリアなど近代的になていた。

昭和40年サハ480形とMcTTMc編成を組むため、クハ650形を電装化。出力増強を行い150kw
となった。
このときデハ600に搭載されていたモーターは元の420形に戻された。
これと並行して前照灯のシールドビーム化、ファンデリアから扇風機に変更、蛍光灯カバーの
撤去、自連化準備工事などが実施された。

改番と改造を示すと以下のようになる。
612Mc→461Mc、613Mc→463Mc、614Mc→465Mc、615Mc→467Mc、616Mc→469Mc
662Tc→462Mc、663Tc→464Mc、664Tc→466Mc、665Tc→468Mc、666Tc→470Mc

昭和40年12月14日の改番で461~470になった。

半キャブ移動機完成


GM27番で塗装して完成です。
以前製作したペアーハンズ製ニチユ10t半キャブ移動機と記念撮影。

半キャブ移動機

ワールド工芸の半キャブ移動機を造ります。

プラキットです。


動力は組み立て済みなので楽チンです。

400形420形

img005.jpg

デハ400形(401~420)
昭和18年輸送力増強のため製造された京急初の大形車。3扉片隅式運転室をもちデハ300形
と呼ばれていた。
img418.jpg
昭和35年12月~昭和36年7月にかけ浦賀よりのパンタはそのままで全室運転台・2両固定
化、正面窓固定窓化が行われた。
昭和41年~昭和43年車体更新が始まり床などは全金となる。また他形式と同様にアルミサッ
シ化、前照灯のシールドビーム化、方向幕の新設が行われた。

img006 (2)
昭和48年には列車無線取り付けに伴うパンタ半減、401~404、405~408の2本が4輌固定編
成化改造が行われた。
この改造では中間車となる402・403・406・407が乗務員室の撤去、貫通路が設けられ、パンタ
がなくなった。

昭和53年~昭和54年デワ40となった6輌を残して廃車解体された。

デハ420形(421~436)
CIMG7586.jpg

東急から独立後京浜急行としては初めての新造車両で昭和24年からデハ420形として日本
車輌で製造された運輸省規格型。

昭和32~33年連結面を貫通化。偶数車は旧600形(昭和40年改番後460形)612~616にモー
ターを転用しクハ420形となりMcTc編成になった。

昭和38年アルミサッシ化正面窓固定窓化、自連化準備工事が実施された。

昭和41年デハ460形の出力増強により偶数車がMc車に復帰した。

昭和44~45年車体更新を実施。ノーシルノーヘッダの全鋼製車体になった。方向幕取り付け、
不燃化、運転室改良が行われた。

昭和48年には列車無線取り付けに伴うパンタ半減。奇数車はパンタ撤去、偶数車は連結面寄
りにパンタが移設された。

昭和54年~昭和56年に廃車解体された。

431~435は昭和25年製(プレートは24年製になっていた)奇数車川崎車輌、偶数車は東急横
浜製作所製の増備車。
アンチクライマーの形状が異なる。主な改造は421~430と同じだが昭和31年436を増備し
435と2両固定化された。
このグループは421~430とは違い昭和32年の改造で偶数車がTc化されず、McMc編成を保
ってきた。
McTc編成と区別するためデハ430形と呼ばれていたが昭和41年からMcTc編成が解消された
ため区別がなくなった。

昭和44年の更新でアンチクライマーが421~430と同じ形状になった。

昭和48年には列車無線取り付けに伴うパンタ半減。奇数車はパンタ撤去、偶数車は連結面寄
りにパンタが移設された。

昭和54年~昭和56年に廃車解体された。

デ1形・230形・280形

湘南電気鉄道のデ1形
img414.jpgimg401.jpg
デハ248をデ1形に復元された車両をイメージして造りました。

230形
img356.jpgimg357.jpg
旧湘南電鉄と旧京浜電鉄が同時期じ製造した2扉半鋼製車である。京浜タイプと呼ばれる大
きな窓は、このデハ230形で確立された。
昭和23年6月1日東京急行電鉄から京浜急行電鉄が分離独立し一部の木造車を除き全車
が京急に引き継がれた。昭和23年12月23日から改番をはじめ改番は東急時代の5000か
ら5を消して3桁にした。
一部にクロス車があったがロング化され片隅式の両運も昭和38年5月~昭和39年9月東急車
輌で車体更新され全室式の片運になった。2両固定に改造された。偶数車のパンタを品川寄
りに移設.。前照灯はイールドビーム化された。この時窓枠がアルミサッシに替えられたため、
大きな窓はより一層人目を引くようになった。

編成は231~260がMcMc。261以降はMcTcで奇数車は浦賀向き偶数車は品川向き。(Tc車は
反対)

クハ280形 286~298
img358.jpgimg359.jpg
昭和39年東急車輌にて車体更新が行われた際に出来た形式。
全て3扉車。デハ230形とMcTc編成を組むべく奇数車は品川向き偶数車は浦賀向き。
昭和45年から運転台撤去が行われ付随車化された。



本館廃止に伴うお知らせ

img120.jpg
本館の模型で見る京急車両はパソコン故障により耕作放棄農地のように放置状態が続いています。
私的にこの状況はあまり好ましくないと思い本館は廃止しようと思いました。
ある程度こちらのブログに加筆修正を加え内容を移し保存したいと思います。
保存作業が完了ししだい本館は廃止しブログ一本化を行います。

屋代線跡の駅

当工場は相変わらず夏期休暇。
トレインギャラリーNAGANOさんで昼食を食べ模型を鑑賞したあと
CIMG6840.jpg
長野県は屋代線信濃川田駅に行きました。

CIMG6836.jpg
役目を終えた車両達が居ました。1000形

CIMG6837.jpg
何かの間違えで造ることになったら困るので横からも撮影

CIMG6828.jpg
3500系

CIMG6842.jpg
2000系何度か長野に来た時乗りましたが正面二枚窓クロスシート素晴らしい車両です。

CIMG6839.jpg
2000系運転台

CIMG6844.jpg
帰り道に岡谷ちかくの鳥居平やまびこ公園内プリンス&スカイラインミュウジアムさんに行きました。自分はRSとケンメリスカイラインを拝見できて感激でした(^-^)

プロフィール

マーボー堂

Author:マーボー堂
ようこそいらっしゃいました。
暇さえあれば模型を製作しております。

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